
お疲れ様です。秘書です。
今日、リオネル・メッシがアルゼンチン代表として最後の試合を終えました。
神の子といわれた、サッカー界のレジェンド。
代表208試合目。
最後の試合でも1ゴール2アシスト。
最後までメッシでした。
本当にすごい。
もちろん寂しいです。
でもニュースを見ながら、それ以上に思ったことがありました。
僕、この人がまだ“新星”だった頃から見てたんだな。
サッカーとウイイレばかりだった学生時代
僕は学生時代、サッカー部でした。
当時の日本代表といえば、中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一。
そしてサッカー好きの友達が集まれば、ウイニングイレブン。
まあ、流行りましたよね(笑)。
マスターリーグで好きな選手を集めて、自分だけの夢のチームを作る。
ロナウド。
シェフチェンコ。
ベッカム。
ジダン。
フィーゴ。
ネドベド。
マケレレ。
ロベルト・カルロス。
ネスタ。
サムエル。
マルディーニ。
カシージャス。
今こうして名前を並べるだけでも、ちょっとワクワクします。
当時、ペレやマラドーナはすでに「伝説の人」。
そして現役には、ジダンやロナウジーニョのような、とんでもない選手たちがいました。
特にあの頃のロナウジーニョ。
いや、あれはヤバかった(笑)。
そんな時代に出てきたのが、
リオネル・メッシでした。
今でこそ、歴代最高の選手を語るときに当たり前のように名前が出てくる選手です。
でも、当時はまだ若い。
でも、出てきた頃から、すでにすごい選手でした。
「なんか、とんでもないやつが出てきたぞ」
僕の中では、そんな存在でした。
「これ、マラドーナじゃん」
メッシを見ていて、「この人、本当にすごいかもしれない」と強烈に思ったプレーがあります。
2007年、バルセロナ対ヘタフェ。
当時19歳のメッシが、自陣側からドリブルを始めて、次々と相手をかわしてゴールまで持っていった、あのプレー。
5人を抜いて決めたそのゴールは、1986年ワールドカップでマラドーナがイングランド戦で決めた有名なゴールを思わせるものとして、当時から大きく報じられました。
ヤバいヤバいと、人の語彙力を無くし続けてきた男メッシ。
このプレーは僕も見ていて、
「これ、マラドーナじゃん」
と思ったのを覚えています。
ペレやマラドーナは、僕にとっては昔の映像の中にいる「サッカーの神様」でした。
でも、その伝説みたいなことを、目の前でやっている若い選手がいる。
振り返ってみると、僕の中ではあの頃からだった気がします。
メッシが、マラドーナという存在を少しずつ塗り替え始めたのは。
あの論争、僕は「メッシ派」
その後、メッシとクリスティアーノ・ロナウドのどちらが上か、なんて何度ネット上で議論されてきたことか。
僕はというとメッシ派。
もちろんクリスティアーノ・ロナウドも、とんでもない選手です。
ただ、僕には「俺が決める」という雰囲気がちょっと強すぎて(笑)。
若い頃のメッシは、もう少し素朴というか。
なんなら、ちょっとかわいい印象すらありました。
まあ、あれだけの選手なので、実際にはメッシだって相当なものを持っていたんでしょうけどね(笑)。
実際後年はなかなか我も強くなってた印象。
メッシ=バルサだった
男子の日本代表戦は、その後もほぼ見続けていました。
ただ、海外サッカーやメッシのクラブでの試合を、毎週欠かさず追い続けていたわけではありません。
それでも、世界のサッカーを見るとメッシがいる。
数年経ってもいる。
しかも、まだすごい。
いつの間にか、
メッシ=バルセロナ。
バルセロナ=メッシ。
僕の中では、それくらい当たり前の存在になっていました。
当時の僕の感覚では、「銀河系軍団」と呼ばれていたレアル・マドリードの時代から、メッシたちのバルセロナがどんどん大きな存在になっていったようにも感じていました。
だから2021年、メッシがバルセロナを離れることになったときは、かなり寂しかった。
クラブとメッシは契約継続の意思を持っていたものの、リーグの選手登録に関わる財務・構造上の問題から残留できず、17シーズンを過ごしたトップチームを去ることになりました。
別のユニフォームを着ているメッシが、なんだかしっくりこなかった。
それだけ「バルサのメッシ」が当たり前になっていたんでしょうね。
少しずつ、ひとつの時代が終わっていった
そして、その後メッシはアメリカへ。
そのときに思いました。
ああ、TOP of TOPで戦い続けてきたメッシの時代が、ひとつ終わったんだな。
もちろん、引退したわけではありません。
サッカー選手としてのメッシは続いている。
でも、欧州の一番高いところで、毎年世界一を争っているメッシを見る。
それが当たり前だった時代は終わったんだな、と。
振り返ると、メッシとの別れって一度に来たわけじゃなかったんですよね。
バルセロナを離れたとき。
アメリカへ渡ったとき。
少しずつ、
「当たり前にそこにいたメッシ」
が終わっていった。
ワールドカップを掲げるメッシを見て
だからこそ、2022年のワールドカップは嬉しかった。
アルゼンチンは決勝でフランスと3-3、PK戦の末に優勝。
メッシはついにワールドカップを掲げました。
そのとき僕が思ったのは、意外とシンプルでした。
よかったね。
本当にそんな感じ。
これだけのことをやってきた選手なんだから、それに値する選手だと思っていました。
年齢的にも、あと何回ワールドカップに挑戦できるか分からない。
だからワールドカップという最高峰のタイトルを獲れて、本当によかったなと。
昔、映像の中でしか見たことのなかったマラドーナが掲げていたものを、
今度は自分が若い頃から見てきたメッシが掲げている。
やっぱり「よかったね」と思う。
そして、代表最後の日
そして今日。
メッシはアルゼンチン代表として最後の試合を終えました。
39歳。
代表生活は21年。
208試合126ゴール。
最後のベナン戦でも1ゴール2アシストを記録し、アルゼンチンは3-0で勝利しました。
最後まで、すごいな。
もちろん寂しいです。
ただ、今はそれと同じくらい、
幸せだったな
と思っています。
僕は、この人がまだ「新星」と呼ばれていた頃を知っています。
マラドーナみたいな5人抜きを見て驚いた。
世界最高の選手になっていくところを見た。
バルセロナの象徴になった。
そのバルセロナを去るところも見た。
ワールドカップを掲げるところも見た。
そして今日、代表を去っていくところまで見た。
こんな選手が、これから先また現れるのかは分かりません。
もちろん、いつか現れるのかもしれない。
でも少なくとも僕は、
今後もう現れないかもしれないほどのことをやってきた選手の、全盛期をリアルタイムで見ることができた。
それって、サッカーが好きな人間として、結構幸せなことだったんじゃないかなと思います。
同じように感じている人も、きっと多いんじゃないでしょうか。
ウイイレで夢のチームを作っていた頃、
メッシはまだ“新星”でした。
あの頃の自分と今の自分をつないでいた糸が、今日ひとつ切れたような。
そんな寂しさはあります。
でも最後はやっぱり、
いやあ、すごいものを見せてもらったな。
そう言って送り出したいと思います。
ありがとう、メッシ。
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