『ファイナルファンタジーVI』感想|今でもフル3Dでリメイクしてほしい、僕の大好きな群像劇RPG ※ネタバレあり

FF6アイキャッチ PLAY
この記事を書いた人:秘書

お疲れ様です。秘書です。

僕はファイナルファンタジーシリーズが大好きなんですが、その中でも『ファイナルファンタジーVI』は自分ランキングでもかなり上位に入る作品です。

SFC版が発売されたのは1994年4月2日。スーパーファミコンで発売された最後のFFでもあります。希望小売価格は11,400円(税別)。

11,400円。

サントラとフィギュアぐらいついてんじゃねぇかっていう金額(笑)

でも当時のスーファミソフトって、普通にこれくらいしました。

子どもの僕がお小遣いで気軽に買えるようなものではなく、うちではお年玉を貯めて、どうにか年間1本買えるかどうか。

今みたいにセールで「とりあえず買っとくか」なんて感覚ではなかったので、ゲーム1本の重みが全然違いましたね。

どんなにクソゲーでもその1本をやりこむしかなかった少年時代。

項目内容
出会った頃SFC版・子どもの頃
遊んだハードスーパーファミコン
どこまで遊んだ?エンディングまでプレイ
子どもの頃の主力メンバーマッシュ/エドガー/ロック/カイエン
好きな曲「仲間を求めて」/「ティナのテーマ」
子供のころの記憶ヴァルガリマンダって思ってた
初見時いやシャドウは無理でしょ…
今いちばん望むことできればフル3Dリメイクやりたい
ひとことで言うと「昔好きだったゲーム」じゃなく、今でも好きなゲーム。

雪原を歩くオープニングから雰囲気がいい

FF6でまず印象に残っているのがオープニング。

雪の中を魔導アーマーでナルシェへ向かっていく、あの静かな導入です。

ただ雪原を歩いているだけなのに、音楽と演出が合わさって妙に印象に残る。

子どもの頃から、なんとなく「このゲーム、雰囲気あるな」と感じていた気がします。

今振り返ると、FF6の世界観を最初の数分でかなり見せていたんですよね。

ドット絵の完成度も素晴らしく、キャラクターには可愛らしさが残っている一方で、モンスターなんかはかなり迫力がある。

スーファミ後期の作品ということもあって、今見てもかなりすごいです。

FF6で一番好きなのは「群像劇」

FF6の大きな魅力は、やっぱり群像劇だと思っています。

14人のキャラクターが登場し、メインキャラクターすべてが主人公とされています。

誰か一人だけを中心に物語が進むというより、それぞれ違った人生を歩んできたキャラクターたちが、それぞれの理由を抱えて集まっていく。

これが僕はたまらなく好きなんですよね。

一人ひとりにバックボーンがあって、一人ひとりに戦う理由がある。

そして結果として集まった仲間たちが世界を救う。

そういう話に弱い。

ドラクエなら『IV』、FFなら『タクティクス』や『零式』なんかも好きなので、昔からこういう構成そのものが好きなんだと思います。

群像劇がゲームの進め方にも出ている

FF6の面白いところは、群像劇がストーリー設定だけじゃなく、ゲームの進め方そのものにも出ているところです。

パーティが分かれて、それぞれ別の場所で物語を進めたり、一度離れた仲間たちがそれぞれの物語を経て再び集まったりする。

そして世界崩壊後は、まさかのセリス一人から再スタート。

ちなみに子どもの頃の僕はセリスを全然育てていなかったので、

普通に大変でした(笑)

世界崩壊後はフィールドの雰囲気も一気に変わります。

赤やグレーのような不気味な色が増えて、同じ世界なのにもう完全に別の場所。

子どもの頃でも、「本当に世界が壊れたんだな」という絶望感はかなりありました。

仲間もいない。

世界も暗い。

そこから少しずつ仲間を探して、また集まっていく。

この流れが本当に好きなんですよね。

大人になって特に刺さった、セッツァーとダリル

中でも、大人になってから特に好きになったのがセッツァーとダリルのエピソードです。

子どもの頃は正直、

「階段なげぇな……」

くらいにしか思ってませんでした(笑)

でも大人になって見ると、過去を背負っていたセッツァーが、ダリルの飛空艇ファルコンとともに再び空へ戻っていく流れがすごくいい。

世界が一度崩壊して、何もかも失ったあと。

そこでもう一度、空を飛べるようになる。

あのシーンには、FF6の「もう一度立ち上がる」感じが詰まっている気がします。

子どもの頃と大人になってからで、好きになる場面が変わるのも昔のゲームを振り返る面白さですね。

戦闘でもキャラクターの個性がちゃんと残る

FF6はストーリーだけじゃなく、戦闘でもキャラクターの違いがはっきりしています。

マッシュなら「ひっさつわざ」。

エドガーなら「きかい」。

ロックなら「ぬすむ」。

カイエンなら「ひっさつけん」。

キャラクターそれぞれに固有のコマンドがあります。

僕は転職やジョブチェンジがあるRPGも好きなんですが、ああいうシステムって突き詰めると、最終的にはキャラクター同士の違いが薄くなることもあります。

その点FF6は、ストーリー上の個性が戦闘にもそのまま残っている感じがする。

誰をパーティに入れるかで、遊び方にもちゃんと違いが出ます。

子どもの頃のパーティは男4人

同世代でFF6を遊んだ人なら、

「誰をパーティに入れてた?」

だけでひと盛り上がりできると思います。

ちなみに子どもの頃の僕のパーティは、

マッシュ・エドガー・ロック・カイエン。

当時まだ何も目覚めていなかった僕は、単純に自分がかっこいいと思う男キャラを並べていました(笑)

マッシュでは何度、

シュピーン!!
「ひっさつわざ、キー入力ミス」

となったことか。

カイエンも好きでしたね。

必殺技が派手でいいんですよ。

使い勝手はともかくとして。

今遊んだらパーティ編成はかなり変わると思います。

その後『ディシディア』なんかも遊んでいますし、今ならティナへの感情移入も昔より強くなりそう。

ただ、「一番好きなキャラは誰?」と言われるとFF6は本当に難しい。

みんないいキャラなんですよね。

セッツァーも好き。

ティナもセリスもいい。

子どもの頃によく使っていたマッシュたちにも当然思い入れがある。

モグも普通にかわいい(笑)

ズルいけど、選べない。

魔石? とりあえず全員に魔法を覚えさせる

FF6といえば魔石システムもあります。

今ならレベルアップ時の能力値ボーナスがどうとか、育成効率がどうとか考えるんでしょうけど、子どもの頃の僕はそんなこと一切気にしてません。

とにかく全員に魔法を覚えさせる。

それだけ(笑)

「まだこの魔法覚えてないじゃん」くらいのノリで魔石を付け替えていました。

最適解とか効率とかではなく、ただキャラクターが強くなっていくのが楽しかったんでしょうね。

ゾゾと回転のこぎり

場所で妙に記憶に残っているのがゾゾ。

雨が降り続いていて、住人は平気で嘘をつく。

街全体がなんとなく不穏なんですよね。

そして僕がゾゾで覚えているもの。

回転のこぎり。

エドガーを使っていたこともあって、あれを手に入れたときは嬉しかった記憶があります(笑)

FF6って、大きなストーリーだけじゃなく、こういう街やアイテムまで妙に記憶に残ってるんですよね。

子どもの頃に強烈だったドマ

ストーリーで特に記憶に残っているのはドマです。

ケフカが川に毒を流し、ドマ城の人々を殺す。

カイエンの妻子まで亡くなり、カイエンがぶち切れる。

子どもにも分かるくらい、

「こいつマジでヤバいやつだな」

とケフカの凶悪さを一気に見せられた場面でした。

その後にはレオ将軍まで手にかける。

レオ将軍、かっこいいんですよね。

帝国側の人間なのに良識があって、人としてちゃんと筋が通っている。

ただメニュー画面のドット絵だけ見ると、

モヒカンの目バッキバキおじさん。

それでもかっこいい(笑)

出番の長さ以上に印象に残るキャラクターでした。

ラスボスとしてケフカがちゃんと怖い

RPGを遊ぶうえで、僕はラスボスってマジで重要だと思っています。

最後に戦う相手に魅力がないと、どうしても物語全体の締まりが弱く感じる。

その点、ケフカはいい。

カリスマ性があって、それ以上にちゃんと凶悪。

悪いことを企んでいるだけじゃなく、

本当に世界を壊しやがった。

これが強い。

ドマでの出来事もそうですが、物語を通して「こいつを倒さないといけない」と思わせる存在感があります。

あれくらい凶悪さとカリスマ性のあるラスボスって、やっぱりいいんですよね。

シャドウ。普通に見殺しにしました

そしてFF6を語るなら忘れられないのがシャドウ。

あれ、初見殺しすぎません?(笑)

子どもの僕は、

普通に見殺しにしました。

あの状況で「待つ」という選択にそんな意味があるなんて分かるわけもなく、そのまま脱出。

シャドウ好きなのに……。

今なら攻略情報なんて一瞬で調べられますが、当時はそうはいきません。

取り返しのつかない選択も含めて、自分のゲーム体験になっていました。

FF6は「ゲーム音楽っていいな」と意識した作品

FF6は、僕がゲームの音楽そのものを意識し始めた最初の方の作品だった気がします。

好きな曲を一つに決めろと言われると、これも難しい。

特に好きなのは、

「仲間を求めて」
「ティナのテーマ」

あたり。

もちろん他にも好きな曲はたくさんあります。

FF6はキャラクターごとのテーマ曲やオペラ、ラスボス戦の『妖星乱舞』まで、とにかく音楽が強い。

そして忘れちゃいけないのがオペラ。

ゲームの中であれだけしっかり舞台をやるというのもすごいんですが、子どもの頃の僕には別の意味でも印象的でした。

セリフなんてろくに覚えず、そのまま本番へ。

当然、選択肢を間違えてめちゃくちゃになった記憶があります(笑)

それも含めてオペラなんです。

エンディングでなぜか気になった「本」

エンディングにも、どうでもいいのにずっと覚えているものがあります。

キャラクターたちを紹介しながら、実際に本のページがどんどんめくられていく演出があるんですが。

子どもの僕が気になっていたのは、

「こんなにページめくってるのに、本の厚み全然変わらなくね?」

ということ(笑)

めくられる側も、めくられた側もずっと同じ厚み。

あれだけページが移動してるのに減らないし増えない。

ストーリーとは何の関係もありません。

でも妙に覚えています。

子どもの頃の記憶って、こういうどうでもいいところだけ異様に残ってたりしますよね(笑)

今でもフル3Dでリメイクしてほしい

FF6について考えると、最終的にはいつもここに行き着きます。

リメイクしてほしい。

しかも僕が見たいのは、やっぱりフル3D。

現代のグラフィックで、崩壊前と崩壊後の世界を歩いてみたい。

ナルシェの雪原も見たい。

オペラも見たい。

セッツァーがファルコンで再び空へ飛び立つところも見たい。

ドマも、ゾゾも、14人の仲間たちも全部見たい。

……と考えていくと、

無理だろうなぁ(笑)

ってなるんですけどね。

そして必ず出てくる、

魔列車問題。

フル3Dのリアルな魔列車相手に、マッシュがメテオストライクをかます。

どんな絵になるんでしょうね(笑)

FFVII REMAKEを見るだけでも、過去のFFを現代のグラフィックですべて作り直すのがどれだけ大規模な話になるのかは想像できます。

それでもやっぱり見たい。

子どもの頃に遊んだ世界を、今の技術でもう一度歩いてみたい。

まとめ|今遊んだら、きっと昔とは違うFF6になる

FF6を振り返ってみると、好きだった理由は一つじゃありませんでした。

群像劇。

キャラクター。

戦闘。

音楽。

世界崩壊後の絶望感。

仲間が再び集まっていく喜び。

そして、子どもの頃にはよく分かっていなかったのに、大人になってから刺さるようになった場面。

昔の僕はセッツァーとダリルの場面を見て、

「階段なげぇな」

と思っていました。

今は、あそこがかなり好きです。

逆に今でも、

「エンディングの本、なんで厚み変わんねぇんだ」

とは思います(笑)

昔と同じゲームなのに、自分が変わると見え方も変わる。

だから、また遊びたくなるんでしょうね。

そして願わくば。

生きてるうちに、フル3DでリメイクされたFF6を一度遊んでみたい。

魔列車をどうするのかも含めて(笑)

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同じくスーパーファミコン時代から思い入れのある作品。
昔好きだったゲームが現代向けに作り直され、それを大人になってもう一度遊ぶ。FF6にも、いつかこんな形で再会してみたいです。

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