金子みすゞ「大漁」「打ちごま」と私|小学生の頃から何度も救われてきた詩

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この記事を書いた人:社長

お疲れ様です。社長です。

今日は、私が敬愛してやまない詩人、金子みすゞさんについて書こうと思います。

私が金子みすゞさんと出会ったのは、小学生の頃。

国語の教科書に載っていた「大漁」という詩がきっかけでした。

それまで私は、教科書に出てくる詩をあまり面白いと思ったことがありませんでした。

もともと本を読むことは大好きだったので、

「あぁ、私は小説が好きなんだな。詩は合わないんだな」

くらいに思っていたんです。

ところが、「大漁」を読んだとき。

とんでもない衝撃を受けました。

「大漁」で初めて、詩ってすごいと思った

「大漁」は、たくさん魚が獲れて、人間たちが喜んでいる場面から始まります。

そこまでは普通。

でも金子みすゞさんは、その同じ出来事を海の中にいる魚たちの側からも見ている。

私はそれまで、

「魚がたくさん獲れた。よかったね」

という世界の裏側で、

「海の中では、お魚たちのお弔いをしているのかもしれない」

なんて考えたことがありませんでした。

なんて優しくて、なんて温かいものの見方をする人なんだろう。

小学生ながらにものすごく感動して、家へ帰るなり母に報告しました。

「今日、学校ですごい詩を読んだ!」

と。

すると翌日。

母が金子みすゞの詩集を買ってきてくれました。

しかも、

3冊全部(笑)

JULA出版局から出ている「金子みすゞ童謡集」のシリーズ。

『わたしと小鳥とすずと』
『明るいほうへ』
『このみちをゆこうよ』

の3冊です。

JULA出版局の公式サイトでも、現在この3冊が童謡集シリーズとして紹介されています。 ジュラ

別売りなのに全部。

その3冊は、それからずっと私の大切な本になりました。

今でも我が家の本棚に、堂々と鎮座しています。

我が家は、まぁ厳しかった(笑)

ここで少し、私の子どもの頃の話を。

私の家庭はかなり厳しい家でした。

今思えば、教育方針というよりも、母の主観や好みがかなり――

いや。

少しじゃないな。かなり入っていた(笑)

テレビも自由には見せてもらえませんでした。

アニメは『ちびまる子ちゃん』『サザエさん』『ドラえもん』『セーラームーン』あたり。

バラエティやドラマはほぼダメ。

見ていいのはクイズ番組や動物番組くらい。

おこづかいも門限も、周りの友達よりだいぶ厳しめ。

当時の私は、それがめちゃくちゃ息苦しかった。

みんなが漫画を読んでいても、私は買ってもらえない。

金子みすゞの詩集は秒で3冊買ってきてくれるのに(笑)

学校帰りに友達が駄菓子屋さんへ行っていても、私は同じようにはできない。

たまごっちも買ってもらえませんでした。

理由は、

「あんな小さい画面を見ていたら目が悪くなる」

カラフルなビーズのついた靴が欲しいと言えば、

「ビニールでできてるから足が痛くなる。靴擦れする」

……いや。

言ってることはわかるんだけどさ(笑)

今の私でも、

少しくらい買ってあげなよ。かわいそうに。

と思います(笑)

「打ちごま」が、私に自由を教えてくれた

そんな頃、私は金子みすゞさんの「打ちごま」という詩を何度も読みました。

これもぜひ、全文を探して読んでみてほしい。

遊びが次々と禁止されていくなかで、最後にこんな言葉が出てきます。

「けれど、私は思い出す、
歩くことさえ禁められた
石や草木のあることを。」

金子みすゞ「打ちごま」より
出典:『このみちをゆこうよ』JULA出版局

これを初めて読んだときも、衝撃でした。

石や草木が歩けないことを、「禁められた」なんて考えたことがなかった。

私は、

「あれもダメ」

「これもダメ」

と言われるたびに、

自分はなんて不自由なんだろうと思っていました。

でも、この詩を読むと、

「いや。私は自分の足で好きなところへ歩いていけるんだ」

と思えた。

それだけで、自分がものすごく自由な存在に見えてくる。

(なんか私かわいそうじゃない?)

でも、

同じ自分の生活なのに、見る角度をほんの少し変えるだけで、世界がまったく違って見える。

金子みすゞさんの詩は、小学生だった私にそれを何度も教えてくれました。

私が好きなのは、この人の「見る場所」

金子みすゞさんの詩には、動物や植物、自然を扱ったものがたくさんあります。

でも私が好きなのは、単純に「自然を大切にしましょう」というところではありません。

普通なら見ないところを見ている。

大漁を喜んでいる人間がいるときに、海の中を見る。

歩けない石や草を見る。

誰も気に留めない小さなものにも、その小さなものから見えている世界があるんじゃないかと考える。

その感受性が、私はずっと好きなんだと思います。

金子みすゞさんの遺稿童謡集3冊が再発見されたのは1982年。

それをきっかけに作品の出版が進み、『金子みすゞ全集』として再び広く知られるようになりました。JULA出版局の公式サイトにも、その経緯が紹介されています。 ジュラ

今もこうして作品が読み継がれていること自体、すごいことだなと思います。

大人になった今も、助けてもらっている

小学生の頃に買ってもらった3冊。

あれからずいぶん時間が経ったけれど、今でも私はときどき手に取ります。

毎日忙しくて、

「あーもう全部投げ出してニートになりたいなぁ……」

なんて思う日もあります(笑)

余裕がなくなったり。

心がクサクサしたり。

なんだか世の中全部が嫌になったり。

そんなときに、この詩集を開く。

すると、

「あぁ、そうだった」

と少しだけ自分の視野が広がる。

目の前のことしか見えなくなっていたところから、ほんの少し離れて世界を見られるようになる。

私が人生で一番お世話になっている作家さんは誰ですか、と聞かれたら、

間違いなく金子みすゞさんです。

有名な詩だけじゃなく、もっと読んでほしい

金子みすゞさんにスポットが当たるとき、若くして亡くなった彼女の生涯や、その悲しい最期が取り上げられることも多いと思います。

もちろん、それも彼女の人生の一部です。

でも私は、それだけではなく、

残された詩そのものをもっと読んでほしい。

有名な作品以外にも、本当に素敵な詩がたくさんあります。

もし本屋さんや図書館で金子みすゞさんの詩集を見つけたら、ぜひ一度手に取ってみてほしい。

小学生だった私が救われたように、

大人になった今でも、ハッとさせられる言葉があります。

むしろ、毎日いろんなものに追われて、自分のことばかりで精一杯になりやすい今だからこそ、

金子みすゞさんの見る世界が、刺さる人はたくさんいるんじゃないかな。

そんなふうに思っています。

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