青春18きっぷで九州から北海道へ。2011年、友人と宗谷岬を目指した2週間の貧乏旅行

18きっぷ北海道アイキャッチ LIFE
この記事を書いた人:秘書

お疲れさまです。秘書です。

今回はタイトル通り、過去の旅行の振り返り。

「昔、青春18きっぷで北海道まで行ったことがある」

僕の中では、長いことそれくらいの記憶。

2011年の夏。友人と2人で九州を出発して、青春18きっぷで北海道へ向かった。

函館まで鉄道で行き、そこからレンタカーに乗り換えて北海道を周遊。最終的には日本最北端の宗谷岬まで行くのが目的。

もちろん、それなりの旅行だったことは覚えている。

でも15年近く経って、当時の写真を一枚ずつ見返し、撮影時間や駅、店の看板なんかを照合して旅程を復元してみたら、

「いや、思ってたよりちゃんと色んなところ行ってるな」

と、自分でも驚いた。

北海道まで行ったことは覚えている。

宗谷岬まで行ったことも覚えている。

でも、その間にどれだけ移動して、どれだけ寄り道して、どれだけ食べていたのかは、かなり忘れていた。

今回は、そんな2011年の夏の旅行を振り返ってみる。


貧乏旅行。ただし、飯は削らない

まず、この旅行の前提を書いておきたい。

当時の僕らにとって、これは完全に貧乏旅行だった。

交通費は青春18きっぷで抑える。

18きっぷでは何日かかけての移動になるので、宿泊もできるだけ安く済ませる。

そのため宿泊ポイントは大きな駅を目的地にして、ネットカフェが複数ありそうな場所を選ぶ。

北海道ではレンタカー移動なので車中泊も使う。

ただし、何もかも削るわけではない。

現地でしか食べられないものには、ちゃんとお金を使う。

大阪へ行くならお好み焼き。

秋田ならきりたんぽ。

北海道では函館の塩ラーメン、旭川のしょうゆラーメン、札幌のみそラーメン。

富良野ではメロンパン。

スープカレーも食べたい。

今振り返ってみると、旅のルールはかなり明確だった。

「移動と宿は節約。でも飯は削らない」

実際、写真を掘り返してみたら驚くほど忠実に実行していた。


18きっぷ旅には慣れていた。でも北海道はさすがに若気の至り

当時の僕は、青春18きっぷを使った旅行を何回かやっていた。

中学ぐらいには一人で九州ー四国ぐらいは行ってた記憶。

だから、普通列車を何本も乗り継いで遠くまで行くこと自体は、それほど特別なことではなかった。

そんな僕と友人が話していて、

「長い休みも取れるし、北海道まで行こう」

みたいな流れになったんだと思う。

旅行そのものはざっくり計画していた。

その日の到達目標を決めて、泊まるなら大きめの街。

東京では何日か滞在予定で、そこはそれぞれ別行動。

北海道に入ったらレンタカーを借りて、宗谷岬まで行く。

細かいところは現地で調整する。

そんな感じ。

18きっぷ旅には慣れていた。

とはいえ、

九州から北海道まで行こうというのは、今考えるとまあまあ若気の至りである。

同行した友人もめちゃくちゃ体力のあるヤツだった。

多分、この2人だったからこそ成立した旅だったと思う。振り返ると、結構ハードだ。


博多を出発。初日は大阪まで

2011年8月17日。

朝9時半ごろ、博多駅を出発した。

下関、新山口、岩国、岡山。

普通列車を乗り継いで、少しずつ東へ進んでいく。

初日の目的地の大阪に着いたのは22時前。

そして22時半ごろ、僕らはお好み焼きの「ゆかり」にいた。

朝から一日中電車に乗って、ようやく大阪に着いた直後である。

それでもお好み焼きを食べに行った理由は、多分ものすごく単純。

「大阪なら、お好み焼きだろ」

二人の共通認識。

この旅行、初日からちゃんと食に貪欲だった。


朝4時に大阪を出て、東京までひたすら乗る

翌朝は4時過ぎに大阪を出発。

京都、米原、大垣、豊橋、静岡、熱海、横浜。

そして東京へ。

青春18きっぷの長距離移動は、暇をどう処理していくかが大事。

今ほど携帯で暇をつぶせるわけでもない。

だからネットカフェに泊まるとき、あんまり寝ない作戦でいく。

普通に漫画を読んだりする。

列車に乗っているときに寝るために。

移動中に寝て、起きたら少しワープしている。

ただし18きっぷでの移動だから、乗り換えがある。

そのたびに起きる。

当然、必ず座れるわけでもない。

今考えると、やっぱり結構な耐久戦だった。

熱海では東華軒の「相模デラックスこゆるぎ弁当」を食べている。

その後東京へ入り、数日滞在。

そして再び、今度は北へ向かった。


東京から東北へ。すでにご当地飯だらけ

8月21日。

宇都宮、黒磯、郡山、福島、山形、新庄を経由して秋田へ向かった。

郡山では福豆屋の「会津地鶏 とりたま丼」。

新庄では駅に直結した「最上広域交流センター ゆめりあ」に立ち寄り、芭蕉や曾良に関係する展示を見ていたらしい。

そして夜には秋田へ。

夕食はきりたんぽ。

改めて並べると、

どこへ行っても、その土地のものを食べようとしている。

節約するところと、使うところの線引きが妙にはっきりしている。


ついに北海道へ。「本当にここまで来た」

翌日は秋田からさらに北へ。

弘前、青森、蟹田を通って、木古内へ。

北海道に入った。

木古内では乗り換え時間がかなり余っていたらしく、喫茶店でケーキを食べたり、みそぎ浜まで歩いたりしている。

そして夕方、函館へ到着。

博多を出てから、何本もの普通列車を乗り継いできた。

この頃には普通に相当疲れていたと思う。

それでも函館に着いたときは、

「本当に北海道まで来た」

という達成感がかなりあった。

僕の記憶の中でも、函館についた瞬間は今でもこの旅の大きな区切りとして残っている。

北海道最初の飯は「函館麺厨房あじさい」。

塩ラーメンを食べた。

北海道では、

函館で塩。
旭川でしょうゆ。
札幌でみそ。

この3つのラーメンを食べるのも目的のひとつだったと思う。

そして函館からレンタカーに乗り換える。

ここから旅の雰囲気が一気に変わった。


レンタカーに乗った瞬間、北海道が自由になった

それまでの旅は、ずっと時刻表に縛られていた。

次の列車が何時なのか。

どこで乗り換えるのか。

そこまでに何をするのか。

与えられた開放感と自由。

ざっくり決めた行程に沿ってさえいれば、あとは好きに走れる。

友人と2人なので、運転も交代できる。

まぁ運転が楽しい。

実際、夜中もかなり走っていた記憶がある。

写真を見返すと、助手席で友人が寝ている写真も結構残っている。

北海道を車で走って強く覚えているのは、とにかく広いこと。

まっすぐな道路が延々と続く。

「ああ、北海道だな」

と思うような景色だった。

一方で、道そのものは思っていたより悪かった。

ガタガタやん。

そして周りの車が結構速い。

広くて走りやすいけど、

周りの運転はちょっと怖かった。


函館山の夜景。そして8月なのに寒い

レンタカーを借りた日の夜は函館山へ。

夜景はもちろん綺麗だった。

函館の夜景は形が特徴的だから、今でもなんとなくその光景を覚えている。

ただ、もうひとつ強く覚えている。

寒い。

8月だから完全に油断していた。

夜になって、

「あれ? 寒くない?」友人と異変に気付く。

そのあと安い店で上着を買った。

なお、それでも後で風邪をひいた。

北海道をなめていた。


夜の北海道と、YUIの「Rolling star」

レンタカーで走っていた頃の記憶で、今でも妙に覚えているものがある。

夜の道路を走りながら、ずっとラジオを聴いていた。

たしか北海道の地元のラジオだったと思う。

「SCHOOL OF LOCK!」みたいな番組も流していたと思う。

そして、そのとき流れていた曲のひとつがYUIの「Rolling star」。

音楽って聴いていた当時の情景が蘇ることがよくある。

今でもこの曲を聴くと、僕の中では夜の北海道が出てくる。

暗い道路。

隣では友人が寝ている。

遠くまで続く道を、交代しながら走っている。

旅行の中で何か大事件があった場面ではない。

ただ、見知らぬ土地を走っている高揚感。

こういう何でもない記憶の方がずっと残っていたりする。


美瑛の花畑。そして本当の目的はメロンパン

札幌を経由して旭川へ。

旭川ではラーメンを食べ、美瑛の四季彩の丘へ行った。

花畑は規模が大きくて、素直に綺麗だった。

ただ、富良野へ向かった僕には別の目的もあった。

メロンパンである。

以前、地元の北海道物産展で富良野のメロンパンを食べたことがあった。

それが美味しかった。

だから、

「北海道へ行ったら現地で食べたい」

と思っていた。

そして実際に、とみたメロンハウスへ。

味自体はもう知っている。

でも、現地で食べればやっぱり美味しい。

多分そこには相当な現地評価補正が入っていた。

そのあと移動しオムカレーまで食べている。

花畑を見て、メロンを食べて、メロンパンを食べて、オムカレー。

この日はかなり北海道を満喫している。


博多から、日本最北端へ

8月24日。

朝早くには美深付近を走っていた。

さらに北上し、猿払を経由。

そして午前10時14分。

宗谷岬に到着した。

この旅のメインクエスト。

なぜ宗谷岬だったのか、理由はものすごく単純。

北海道まで行くなら、最北端まで行こう。

それだけだった。

でも、九州から青春18きっぷでここまで来たことを考えれば、到着したときの達成感はかなり大きかった。

鹿児島出発ではないので、

「日本縦断しました」

と堂々と言い切れないのが若干悔しい。

でも博多から宗谷岬でも十分遠いでしょ?

写真に残っていた「日本最北端到着証明」には、

2011年8月24日 10時14分

と、きっちり刻まれていた。

自分では完全に忘れていた時間まで、写真は覚えていた。


メインクエスト終了。あとは自由に回ろう

宗谷岬まで来たことで、この旅最大の目的は達成した。

感覚としては、

「よし、メインクエストクリア。あとは自由に回ろう」

だったと思う。

もちろんレンタカーには返却期限がある。

最後は函館まで戻らないといけない。

その期限だけは頭に置きつつ、あとは北海道を自由に回る。

ノシャップ岬。

稚内。

増毛。

札幌。

この辺りからは、目的地を攻略するというより、残った日程で北海道を楽しむ感覚だったんだと思う。


札幌では、とりあえず札幌らしいことをする

札幌で何が一番印象に残っているか。

正直、一つひとつはそこまで覚えていない。

多分、

「せっかく札幌まで来たから、それらしい観光地を一通り回ろう」

くらいだった。

朝から「みよしの」でカレーと餃子。

さっぽろテレビ塔。

札幌市時計台。

狸小路。

昼にはスープカレー。

なぜか当時の僕は、かなりスープカレーを食べたがっていた。

理由はもう覚えていない。

そしてサッポロビール博物館へ。

ただしレンタカー旅なので、ビールは飲めない。

ビール博物館まで行ってビールを飲まない。

その後サッポロファクトリーへ行ったら、偶然加藤ミリヤのイベントをやってた。

意外とそんなことは記憶に残ってるんだよな。

別にファンだったわけではないので、遠くから少し眺めて、そのまま移動したけど。

夜は札幌ら〜めん共和国の「けやき」。

これで、

函館の塩。

旭川のしょうゆ。

札幌のみそ。

食べたかった北海道のラーメンも大体回収した。


洞爺湖を回り、函館でレンタカー旅終了

翌朝は洞爺湖へ。

その後函館へ戻って、「星龍軒」で塩ラーメン。

そして昼過ぎにレンタカーを返却。

ここで北海道の車パートは終了。

自由に走れる車から、再び普通列車へ。

そこから本州へ戻り、弘前、秋田方面へ。

翌朝には秋田を出発し、米沢では米沢牛を食べている。

最後まで食だけはしっかりしている。


ほぼ2週間一緒にいて、一度もケンカしなかった

今回この旅を振り返っていて、改めて結構すごいと思ったことがある。

友人とは、旅行中一度もケンカしていない。

普通に考えれば、揉める要素はかなりある(笑)

長時間の普通列車。

睡眠不足。

ネットカフェ。

車中泊。

夜中の運転。

疲労。

ほぼ2週間、ずっと一緒。

それでもケンカした記憶がない。

多分、お互いにちょうどいい距離感だったんだと思う。

黙っていても平気。

片方が寝ていても平気。

運転も交代できる。

東京に着けば、それぞれ勝手に過ごす。

そして何より、友人もめちゃくちゃ体力があった。

僕は18きっぷ旅に慣れていて、友人は体力がある。

この組み合わせだったから、こんな旅が成立したんだと思う。

今は頻繁に連絡を取っているわけではない。

社会人になって、家庭を持って、離れて生活していれば、自然と連絡を取る機会も減っていく。

でも、会おうと思えば今でも普通に飲みに行けると思う。

あの旅行を一緒に最後まで楽しめたというのは、それくらいちょうどいい関係だったんだろう。


貧乏旅行だった。でも、写真を見ると飯がすごい

この旅は確かに貧乏旅行だった。

移動費も宿泊費もできるだけ抑えている。

北海道ではレンタカーも借りているので、もちろん全体ではそれなりのお金がかかっている。

2週間近い旅なので、「超激安旅行」というわけではない。

でも写真を並べてみると、

大阪のお好み焼き。

駅弁。

秋田のきりたんぽ。

函館の塩ラーメン。

旭川のラーメン。

富良野のメロンとメロンパンとオムカレー。

札幌の餃子カレー。

スープカレー。

みそラーメン。

米沢牛。

食費だけは全然我慢していないなこいつら。

でも、それでよかったと思う。

宿を豪華にするより、その土地へ行ったならその土地のものを食べる。

今振り返ると、

「移動と宿には金をかけない。でも現地でしか食べられないものには使う」

というルールを、かなり徹底した旅だった。


写真を辿ったら、記憶よりずっと密度の高い旅だった

北海道から戻ったあと、東京で数日過ごし、8月30日の夜にムーンライトながらへ乗った。

ちゃんとムーンライトながら使ってるのも18キッパーらしいよね。

そこから先の写真は、ほとんど残っていない。

ここまで大量に写真を撮っていたのに、最後だけ急に薄くなる。

多分、撮る方は力尽きた(笑)

でも、旅そのものがつまらなくなったという記憶はない。

最後までずっと楽しかったと思う。

今回、写真を一枚ずつ見返して、時刻や場所を調べながら旅程を復元してみて、一番驚いたのはそこだった。

僕の中では長い間、

「青春18きっぷで北海道まで行って、宗谷岬まで行った」

という一行の記憶だった。

でも実際には、

博多を出て、

大阪へ行って、

東京に寄って、

東北を縦に抜けて、

北海道へ渡って、

夜中の北海道をラジオを聴きながら走って、

美瑛や富良野へ行って、

日本最北端に立って、

また札幌や洞爺湖を回って、

秋田や米沢にも寄っている。

思っていたより、ずっとちゃんと旅をしていた。

そして15年近く経った今でもこれだけ細かく復元できる程度には、当時の僕もちゃんと写真を撮っていた。

そこは偉い。

最後は力尽きてるけど。

青春18きっぷの旅自体は、今でも嫌いじゃない。

体力が許せば、またやってもいい。

実際、札幌や富良野にはこの旅の後にも行っている。(飛行機だけど)

今度北海道へ行くなら、同じ場所をなぞるより、まだ行ったことのない道東なんかを回ってみたいなと思う。

ただし、

九州から北海道まで普通列車で行くか?

と聞かれたら。

……そこはちょっと考える。

2011年の僕ら、今振り返っても結構すごいことしてると思う。

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